「……来月号の巻頭用に新作のレシピを4点ですね。なるほどバレンタインに向けてのお料理を……大丈夫ですわ。おまかせください。ではごきげんよう」
ふぅ~~、受話器を置くと鬼百合蘭子は大きくため息をついた。今日も朝から鳴り止まぬ仕事依頼の電話のベル。失脚し行方不明になった袋小路華子に代わり料理界に現れた若く美しい料理研究家はたちまち時代の寵児となっていた。
――来月だけでレシピ掲載の依頼が8件。グラビア撮影が3件。なかなか忙しいわね。でもまだまだ不十分。もっと売れっ子になって不動の地位を築くのよ! ……で、バレンタイン向けの料理ね。何かいいのはあるかしら?
蘭子は手元の分厚い資料の束をめくりだした。
――なになに? 愛の生チョコカンタータに仔牛のパテ「エターナル」? まったく華子の料理は古臭いわね。アレンジしないと発表できないじゃない。あー面倒くさい。
そう、蘭子が殺到する仕事に活用しているのは華子の料理研究室から盗み出したレシピの数々だ。詐欺により金高から巻き上げたこの袋小路の華の間で蘭子は仕事に没頭していた。
ぴゅ~~~。 突然、部屋に漂う濃厚な蘭の香りをかき分けるように1本の矢が蘭子の足元に突きささった。やじりはもちろんキラキラ光るクッキングホイル。
――な、なに? いまどき時代劇でもこんな事しないわよ。……ん?こ、これは!!
矢にくくりつけられた手紙、それは華子が東洋有美の名で書いた果たし状であった。
アルミン女王の公式晩餐会メニュー作りでいざ勝負! 私と蘭子さん、どちらの料理を女王が気に入るかで勝敗を決めるの。あなたが勝てば私は料理の道を捨てる。でも私が勝てば偉大な華子先生に謝罪して、袋小路の財産を返してね。よろしくて?! 東洋有美
ぷぷっ、いかにも華子らしい一方的な内容に笑いがもれる。しかし読み直すうちにだんだん蘭子は真剣な表情になっていった。
――東洋有美……。以前にお弁当コンテストで戦ったけれど恐ろしい相手だったわ。本人も華子も気づいていないけれどあの子の料理の才能は1万人に1人のもの。早めに叩き潰しておきたいと思っていたわ……。今回の挑戦こそまたとない好機! 受けてたつわよ。
蘭子が打倒有美に燃える頃、寒風吹き荒れる河原の橋の下、袋小路家の面々が身を寄せるダンボールハウスの中からは華子のヒステリックな声がもれていた。
「ええーっ、トリュフもキャビアも有機醤油も使えないの~!? それに七輪なんて使ったことないわ! いったい何が作れるって言うのよっ」
ゴージャス料理研究家として潤沢な資金と最新の設備、恵まれた環境でしか仕事をしたことがなかった華子。有美にかわり晩餐会のメニューを考案しようとした矢先に直面したこの貧乏という現実に怒りの声を隠せない。
「でも材料費なんて……仕方ないです、私の宝物を換金してください……」
華子のためならと、しくしく泣きながら有美は荷物を差し出した。
「……なにこれ!? 『オーブンレンジ汚れとりマウス』『ハンバーグわくわく』?東洋アルミエコープロダクツの商品ばかりじゃない。二束三文な宝物ね。本当に換金価値のあるお宝はこういうものをいうのよっ!」
そう言って華子が懐からとりだしたのは、金糸銀糸に彩られた絢爛豪華な錦の袋。ダンボールハウスの中に高貴な香木の匂いが漂う。
「そ、それは袋小路の家宝『帝より賜りし福袋』。まさか手放すつもりじゃあ……」
金高がうめき声をあげた。
蘭子に勝つためなら大切な家宝だって手放すわ! これが袋小路華子の生き方よ! でも気になるその中身……いったい何かしら。次回をどうぞお楽しみにね。ではごき げんよう。
この物語はフィクションであり、 実在する人物、団体、地名、建築物とは一切関係がございません
更新日 2008年01月21日 | トラックバック(0) |
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